← ブログ一覧

介護施設のAIエージェント活用入門|記録転記・シフト・家族連絡の滞りを整理する

公開: 2026年9月30日 11分で読めます(約6,114文字) 執筆: 北村 惇士(プロフィール)

介護施設の管理者・事業主と話していると、「人が足りないのはわかっている。でも何から手をつければいいのか」という声をよく聞きます。日常業務の中で時間を最も奪っているのは、直接ケアでもなく、会議でもなく、情報の転記と連絡調整です。朝の申し送りをホワイトボードに書き、それを介護記録ソフトに転記し、同じ内容をシフト表に反映し、必要があればご家族に電話する――この「同じ情報を何度も手入力する」連鎖が、職員の時間と集中力を静かに削っています。

AIエージェントとは、複数のツールをつないで一定の判断と実行を繰り返すソフトウェアの総称です。チャットAIとの違いは、入力を受け取ったあとに自律的に次のアクションを起こす点にあります。記録の下書きを作る、シフトの空きを検知して候補者にメッセージ案を準備する、ご家族への連絡文を生成する――こうした処理を人間の確認手前まで進めておくことが主な使い方です。

業界全体の人材不足が構造的に続く中、AIエージェントの役割は「職員の数を減らすための自動化」ではなく、「職員が判断に集中できる時間を守る仕組みづくり」として捉えたほうが、現場には受け入れられやすいです。ここでは、導入前に知っておくべき規制と前提を整理したうえで、具体的な3つの場面に絞って説明します。

先に押さえる業界の前提と規制

介護施設でデジタル活用を進める際、最初に確認が必要なのは個人情報と業務文書の扱いです。利用者の氏名・身体状態・ケア内容は要配慮個人情報に該当します。AIエージェントのクラウドサービスにこれらのデータを送信する場合は、利用者本人または代理人の同意と、個人情報保護法に基づく安全管理措置が必要です。処理業務委託の枠組みで外部サービスを使う際には、委託先との間で適切な契約を交わすことが前提になります。

介護報酬の算定上も、ICT活用は実務の中心課題になっています。2024年度の介護報酬改定では「生産性向上推進体制加算」が新設され、業務改善計画の策定とICTの活用が加算要件に盛り込まれました。AI・エージェントを使った業務の効率化は、現場の負担軽減だけでなく、加算を得るという経営上の観点からも意義があります。厚生労働省は令和3年度だけで5,371施設に対してICT導入補助を行っており(https://www.mhlw.go.jp/stf/kaigo-ict.html)、国として推進している施策の一つです。

あわせて理解しておきたいのは、AIが担えない領域についてです。ケアプランの作成・サービスの方針決定・サービス担当者会議での専門的な合意形成は、人間の専門職の固有の責任領域です。厚生労働省の2025年4月公表の中間とりまとめには「ケアプラン原案の生成AI活用は有効」とする記述がある一方で、最終的な内容の責任は担当者が負うと明確に書かれています。「全部AIに任せる」という発想ではなく、どの工程を任せ、どこは人間が判断するかを設計することが出発点です。

人材不足の深刻さを数字で確認しておきましょう。厚生労働省の第9期介護保険事業計画に基づく推計によると、2040年度には約272万人の介護職員が必要とされ、2022年度(215万人)比で約57万人の上積みが必要と見込まれています(https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_41379.html)。

「2040年度には約272万人(+約57万人(3.2万人/年))となった」 — 厚生労働省「第9期介護保険事業計画に基づく介護職員の必要数について」https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_41379.html

記録業務側のデータも見ておくと、介護・看護職員を対象にした調査では、記録・実績確認・請求業務に要する時間が「不足している」と感じている職員は70.7%に上ります(https://aging-and-well-being-labo.com/surveys_20201130_kaigokanngogyoumujikann/)。直接ケアの時間を圧迫している間接業務の割合が、現場の体感だけでなく調査でも裏付けられています。

AIエージェントは、この人材不足の構造を根本から解決するわけではありません。しかし「同じ情報を何度も手入力する工程」を減らし、職員が本来の判断業務に時間を使えるようにする仕組みとして機能します。

図1|介護業務の種類と適切なツールの対応
介護業務の種類と適切なツールの対応定型転記・集計状況判断・例外処理自然言語の生成関数・マクロ向いている苦手不可RPA向いている設定次第不可AIエージェント向いている向いている向いている

出典: 自社作成

介護施設でAIエージェントが機能する3つの場面

AIエージェントで対応しやすい業務かどうかを判断する基準は、「入力と出力が明確かどうか」です。「ある情報を受け取り、一定のルールに従って別の形式で出力する」という構造であれば、自動化と相性が良いです。以下の3場面はいずれもこの構造を持っています。業務全体の棚卸し方法については業務の棚卸しと滞りの特定も参照してください。

申し送りから介護記録ソフトへの転記

多くの施設で毎日繰り返されているのが、「申し送りの内容を介護記録ソフトに入力する」という工程です。申し送り自体は必要な業務ですが、その内容を別システムへ手で打ち込む作業は、転記ミス・入力漏れ・時間の消費という3つの課題を生み出します。申し送りノートに書いた内容をシステムに入力し終わるまで、職員の手が完全に止まります。

AIエージェントが担える一例として、音声で記録した申し送り内容をテキストに変換し、定型フォーマットに当てはめる補助があります。「〇〇さん、昨夜から食欲が低下。本日朝食は8割摂取。バイタル平常。特変なし」という発話を受け取り、記録ソフトの入力画面に対応する形式で下書きを準備します。職員はその内容を確認して保存するだけになります。

この工程で注意したいのは、「AIが直接記録ソフトに書き込む完全自動化」を最初から目指さないことです。介護記録は法的文書であり、内容の責任は担当職員が負います。AIが下書きを出し、人間が確認してから保存する――確認ゲート付きの設計が、法的にも実務的にも安全です。

私自身の業務では、商談の音声から議事録の下書きを生成するエージェントを毎日の業務に組み込んでいます。生成された下書きをそのまま使うことはなく、必ず内容を確認して修正を加えます。それでも最初から一字一句書き起こすよりも確認と修正に集中できるため、業務の質と速度が変わります。介護記録の下書き補助はこれと同じ設計で成立します。

転記の自動化と並んで整理しておきたいのが、複数システム間のデータ連携です。介護記録ソフト・シフト管理ツール・会計・ケアプランソフトがそれぞれ別のシステムで動いている施設では、APIやCSV出力を経由した連携が技術的な起点になります。まず「どのデータが、どこからどこへ流れているか」を図示する作業から始めると、AIエージェントが担える工程が見えてきます(業務フローの図解と合意形成も参考になります)。

記録業務の電子化が進んでいない施設では、まず紙の記録を電子化するステップが先になります。AIエージェントは電子データを処理する仕組みであり、紙のまま運用している工程には直接作用しません。「AIを入れる前に電子化を整える」という順序の確認は、導入計画の初期段階で必ず行ってください。

月次シフト作成と欠員時の連絡調整

シフト調整には、定型処理と状況判断の2つの層があります。「翌月の希望休を収集して一覧を作る」「シフトの穴を検知して候補者に連絡する」という工程は、条件さえ整えれば自動化と相性が良い部分です。一方、「誰を優先して入れるか」「特定の利用者に対応できる職員を選ぶ」という判断は、依然として管理者の仕事です。

AIエージェントで実現しやすい第一歩は、希望休の収集から一覧化までの作業です。LINEやチャットツールで職員からメッセージを受け取り、日付と希望の種別を抽出してスプレッドシートに書き込む。この一工程だけでも、管理者が希望休の取りまとめに費やすメール・電話のやり取りを大幅に減らせます。

欠員が出た際の連絡調整も、エージェントが補助しやすい場面です。「明日の早番に入れる職員を探す」という条件を受け取り、シフト表と勤務履歴を参照して候補者をリストアップし、メッセージを下書きするまでをエージェントが担います。実際に連絡を送るのは管理者の確認のもとで行う設計が基本です。

シフト自動化を進めるほど、例外ケースの扱いが重要になります。育児・介護・体調不良など、ルールに当てはまらない状況をAIがどう処理するかを設計段階で決めておかないと、現場の信頼を失うリスクがあります。「例外は必ず人間に引き継ぐ」という仕組みを最初から組み込んでおくことが、定着のための重要な条件です。

既存のシフト管理ツールとの連携方法については、ツールが提供するAPIやCSVエクスポート機能の有無を事前に確認してください。連携の可否がシステム選定の前提になります。

ご家族への日次報告と問い合わせの一次対応

デイサービスや入所系施設では、「今日の様子をご家族に伝える」連絡業務が毎日発生します。電話で1件ずつかけている施設では、職員の手が午後の一定時間帯に集中して止まります。利用者が多い施設では、この連絡業務だけで1〜2時間を費やすこともあります。

AIエージェントが得意とする処理の一つは、介護記録に入力された当日の状態から「ご家族向けの連絡文」の下書きを生成することです。バイタル・食事量・気分・活動の概要を定型フォームに入力すると、あらかじめ設定した文体とトーンでメッセージの下書きが出力されます。SMS・連絡帳アプリ・専用ツールへの連携も技術的にはできますが、送信前の確認ステップを必ず設けることが前提です。

よくある問い合わせ――「今日の食事はどうでしたか」「入浴はできましたか」――への一次対応は、定型回答のテンプレート化とAIによる補完で対応速度を上げられます。ただし、医療的な判断を求める問い合わせや、家族の不安・クレームへの対応は人間の担当者が引き継ぐ領域です。「AIが対応する範囲」と「人間が対応する範囲」の境界を最初に文書化しておくことが、家族との信頼関係を守る設計の核心です。

この3場面に共通するのは、「自然言語の処理(文章の読み取りと生成)」を含む点です。関数やRPAが得意とする純粋な定型転記とは異なり、AIエージェントが本領を発揮するのはこの自然言語の入出力がある工程です。

図2|介護施設でのAIエージェント導入4ステップ
介護施設でのAIエージェント導入4ステップ1業務を書き出す誰が何を何度転記しているかを5〜10工程リストアップする21工程だけ試す入力と出力が明確な工程1つに絞り、試作物を職員に使ってもらう3確認ゲートを設けるAIが出力し担当者が確認して実行する2段構えを必ず組み込む4段階的につなぐ1工程が動いたら上流・下流へ1接続ずつ広げ、都度動作を確認する

出典: 自社作成

体制と進め方

小さく始める判断基準でも触れているように、施設規模や既存ツールの構成によって適切な出発点は変わります。ただし、どの施設でも共通して機能する進め方の順序があります。

第1段階:業務を書き出す

最初にやることは、職員が「毎日同じ転記をしている」「毎週同じ連絡をしている」と感じている工程を5〜10個書き出すことです。AIエージェントが得意なのは、入力と出力が決まっている処理です。「何を受け取って何を出力するか」が明確な業務から始めます。逆に、状況によって対応が大きく変わる業務や、職員の裁量判断が核心にある業務は、最初の対象から外します。

第2段階:1工程だけ試す

複数の業務を一度に自動化しようとすると、どこで問題が起きたかわからなくなります。1つの工程に絞り、試作物を作り、実際の職員に使ってもらって出力の質を確認します。「AIが出した下書きを修正するほうが最初から書くより面倒」と感じた場合、その工程は自動化の恩恵が薄い可能性があります。AIが不要だとわかった時点で対象を変えるのも、判断として正しいです。

第3段階:確認ゲートの設計

「自動で記録を保存する」「自動でメッセージを送る」という完全自動化を最初から組み込むと、ミスが発生したときに気づくのが遅くなります。AIが出力し、担当者が確認して実行するという2段構えを基本とし、業務の重要度に応じて確認の厳密さを変える設計にします。法的文書に関わる記録は確認を省略せず、ご家族への連絡は送信前に必ず目を通す、というルールを施設内で合意しておきます。

第4段階:段階的に接続する

1工程がうまく動いたら、上流・下流の工程へ少しずつつないでいきます。申し送りの転記がうまくいったなら、その記録を使ってご家族への連絡文を生成する工程につなぐ、という順序です。1接続ずつ動作を確認してから次へ進むことで、問題が起きた際の原因特定が容易になります。

施設の規模が小さく専任のシステム担当者を置けない場合、設計と初期構築を外部に委託し、日常運用は施設内の担当者が担うという役割分担が実務的です。内製と外部委託の費用対効果で整理しているような判断基準が参考になります。

AIエージェントを導入しても意味のない工程も存在します。職員が自分の言葉で記録を書くことに職業的・倫理的な意味を感じている業務は、自動化すると文化的な抵抗を生みます。「AIに任せなくてよい」という判断を早い段階で下せることも、導入プロセスの収穫の一つです。

整理と次の一歩

記録転記・シフト調整・ご家族への連絡という3つの滞りは、どれも「同じ情報を別の場所に何度も届ける」という構造から来ています。AIエージェントはこの構造に対して、一定のルールのもとで処理を担う仕組みとして機能します。

全部を任せるのではなく、どこを任せてどこを人間が確認するかを設計することが、介護現場への定着の核心です。介護記録は法的文書であり、利用者との信頼関係はコミュニケーションの温度で成り立っています。AIが効率を担い、人間が判断と関係を担う――その線引きを先に決めることが、導入を失敗させないための実務的な起点です。

自施設の業務をどこから整理すればよいかわからない場合、無料AI診断でどの工程から始めるべきかの方向性を確認することも出発点になります。

参考資料

本記事の内容は公開時点の情報に基づきます。自社実績に言及する場合は社内集計値であり、 事例は守秘義務に基づき業種・数値を抽象化したモデルケースを含みます。 製品仕様・料金は必ず各公式サイト(一次情報)をご確認ください。

関連記事